臨済宗妙心寺派のお寺に招かれたのさ。
丁重にもてなしてくださり、恐縮した。
それぞれの配役で部屋が割り当てられ、
緋の毛氈が敷かれ座が用意されていた。
妙心寺派の布教師(説教師)さまは、
妙心寺会館へ招かれたときに出迎えてくださった方で、
久しぶりの対面で、緊張がほぐれたのな。
その下に座しておられた方は、老師さまで、
高野山と聞くやいなや、思い出話をしてくださった。
「和田性海猊下が管長で、草薙全弘宗務総長、昭和33年でした。
新別所(真別処・円通律寺)で、修行をさせて頂いたんです。」
真冬の45日間、深さ1m程の穴を掘って雨水を溜めて入る。
奥の院では、御廟橋にゴザを敷いて、五体投地(礼拝)し、
玉川で水行をする。終えてまた礼拝するのだが、
ゴザの藁が凍って手の甲が切れ、傷だらけだったそうな。
一日三回、昭和37年までされたらしい。
理由は、リュウマチが酷くて、治したい一心。
水風呂に入って体を冷やせばイイと聞いたかららしい。
「それが、不思議と治ったんです。ありがたいことです。
高野山と聞くだけで、ホントありがたいんです。」
穏やかな口調の老師は、
二日間じっくりと高座をご覧下さった。
若い僧侶が複数、その都度手伝いに来たので、
そこそこの位の方だろう。
しかし、威圧感はまったくなく、サラッとしておられた。
キレイだったのよさ。